なるほど、と思いました。
記事の中から引用させて頂きます。
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「ある右翼関係者は「日本会議を切り回す生長の家の元信者と原理研は『戦友』だから」と説明した。
60年代末に学園闘争が盛んだった時代、長崎大などで民族派学生運動を担っていた元信者らと旧統一教会の学生(原理研)らは全共闘系の学生らとの衝突で、ともに闘った間柄だった。その「血盟」が続いているという解釈だ。」
日本会議と勝共連合(統一協会)は、かつて全共闘系の学生と共に闘った同士、だった、というところです。
日本会議の影のドンと言われた人は、(「日本会議の研究」で実名で書かれ、その後裁判沙汰になったようですが)
当時神道系宗教団体の幹部だった人で、団体の活動を積極的に広げた組織内ではやり手で有名な方でした。
何故やり手だったかといえば、大学時代学生運動の勝利体験を生かして運動を展開したから、と言われています。
それにしても、日本会議、統一協会、が繋がっていたんじゃあ、バリバリ鉄壁の運動じゃないですか!
向かうところ敵なし!いろいろ見えて来ましたね。