学校行政の不始末についての判決は、不法とは言えない、違法とまでは言えないのオンパレードで、このような不当判決ばかりを目にしていると、司法判断は条文に適合するかどうかのパズルゲームをしているだけのような感覚になります。
見えない所で行われた不法、違法行為を調べもしないで逃げまくり、情報開示せず、正義 / 悪事の証拠をみんな隠し、上のような判決をせしめて、道義的権利を得たように振舞う者らばかりに(教育者さえ)成り下がっています。
トンデモで、こき下ろされた八木秀次なんかは、あれでも学者にして教師なんか?本当に消えてもらいたい。奴らのような者らが沢山いるから、この世は駄目になる。
アベノ国賊葬の決定もそうです。国税を使うのに閣議決定だけで決めてしまう。財政民主主義を軽く無視です。民主の議論も法治の概念も形骸化させています。秘密保護法も共謀罪なども、人権侵害の危険があるのに、時間が来れば議論で道理の合わない事も気にせず、強行採決を平然と使用してしまう。これがファシズムでなくて何なのだです。
向こうが法律のザル漏れを使って合法的に道義に徹底的に違反して、法で裁けないなら、必殺シリーズのように始末するしかないです。見えて来たプーチンの行く末の如く覚悟してもらいたいです。このように道義を無視して社会秩序を崩壊させる末路は自然に一つであって欲しいです。けれども、これを流行らせてはおしまいです。
どうにか、これに相当する死を覚悟させるほどの怒りのまなこを絶えず為政者、司法者に向けて平安を奪い、法ばかりでなく、プーチンのように隙を伺って制裁を逃れるような道義違反すればどうなるのかを示して、緊張ある民主、法治を鍛え上げられないかと思います。
しかし、そんな有効な手は打てないのが現実です。
悪い例え方ですが、ワクチン意見広告のような一撃離脱の運動で茶を濁して満足するような感じは、どうも生温い感じがして不満も出て来ます。しかし、これが出来る限りの正当な方法です。
社会が、これだけタコな奴らばかりに支配され誘導されているとなあ。
いっそ、やったろうかいなあ。
うっそ、危なくてしょうもない。