立憲民主党の福山哲郎幹事長は、一般的意味で寛容、平等を言ったかも知れません。ただ、先生と敬称の付く、この人たちの常識は、真実の それとは違う場合が多いです。寛容、平等と言っても左右ヨタろーと紙一重の確率は高いです。簡単安易に擁護したく無いです。
何故なら、先生と呼ばれる代議士ならば、常識と言うものを普通以上に練磨していてよさそうなものを、一般社会人と反対の常識観念で培養されちゃっている人が多いです。その好例が安倍晋三連中です。この連中と反対の立場にいたって、大した違いは無いかも知れません。
何て言ったっって、立憲民主党の産みの親とも言える よしりん先生を差別魔として党公式でツイートしたり、これを福山哲郎幹事長が、リツイートして、取り消したはよいけど公式に謝罪していないのです。(謝罪はしていないですよね。)よしりん先生の立憲民主党への貢献を知らないはずは無いのにです。
よしりん先生は「立憲民主党の一部から」排外、差別されています。その「排外一部」筆頭の幹事長が、寛容、平等と言っても説得力は皆無です。
寛容、平等を口にしていても、実際の中身は、どうだか分かったものではありません。今回の号外を読んで勉強し直しておいてもらいたいです。よしりん先生も、同じ触覚が働いたものと思います。
芸術を学んだ芸術関連の人が芸術の在り方を知らないのと同じく、非常識を常識として捉えている可能性は高いです。