すぐ、世界のファンサイトで取り上げられると思いますが、五ノ井さん訴訟で、懲戒免職された加害者の元自衛官の内、四人は謝罪までしておいて性的暴行の事実を争うそうです。
謝罪は、世論の圧力に押されてとか、性的暴行では無く、あれはふざけ、遊びの延長だったと主張するつもり見たいです。全く、学校問題の加害者たちと同じです。
さすが、特別防衛監察まで入れて、懲戒免職にまでした国、陸自は、事実関係を大筋で認めています。
被告たちは、どう言うつもりなんだろうな。
ちょっと心配するのは、学校問題でも、具体的な証拠から、学校側が記者会見で犯罪級だと大きく謝罪はしたものの、訴訟になってから一転、これまでの答弁を世論や被害者の圧力に抗せなかったとかの言い訳に終始して、同じように、ふざけや遊びの延長によるもので虐めでは無かったと主張し、それが判決で通ってしまった例がある事です。
もちろん、学校の安全保障義務は認められず、重度の PTSD 後遺症も四人の確かな医師の診断書が有るにも関わらず認められませんでした。と言うより、裁判官は診断書を無視しています。
その裁判では、重度の PTSD の男子生徒が15歳で、一億円以上の賠償金を請求して、最後は顔、名前まで出して闘ったので、この姿に圧倒された裁判官どもが、畏れを為して重度の PTSD は詐病と疑ったのかも知れません。
裁判とはおかしいもので、現実にあった出来事を法的には無かった事にしてしまいます。
五ノ井さんの場合は、国や陸自が、加害を認め、世論やマスコミの注目度が高い為に、行政側に擦り寄った不当判決は出づらいと思いますが、どうでしょう。
被害者が屈辱に耐えかねて被害を訴え、加害者は、一度は謝罪して、事実を認めたのに、仮にも勇壮なるべき自衛官が、男たるべき力の強い者が、こう言う卑怯で情けない事するとは一体何か。
自衛艦たちかぜの乗組員自死においても、海自は、虐めの資料は在るものを無いと法廷で強弁し続け、その存在する資料を勇気をもって告発しようとした海自衛官を恫喝していました。しかし、出世栄達を諦め、一生冷や飯食いを覚悟した、その自衛官が法廷で資料を提出しました。
一転、海自側は大敗訴、加害者自衛官は処分されました。海自の幕僚長級も左遷です。被害者の家にすごすごと、みっともなくも謝罪に行く羽目になりました。
一体、男〜漢とは何なのでしょうか。
男でも、まことに情けないとは、どう言う形なのか。たちかぜで虐め殺されたり、15の少年が一人で訴訟に踏み切り、闘った被害少年は情けないのでしょうか。
答えは自明です、保身で汲々とした者たち、強者に擦り寄って、おべっかを使う者たちの方が情けないです。
ジャニーズでも喜多川の力に擦り寄った元少年たちが、喜多川が消えてから、何かの利権の為に被害を訴えているのか。この者らが情けないのか。喜多川が消えてメディアが取り上げるようになって被害を訴えても、何も悪くはないと思いますが。
多数の年代の被害者から聞き取りをして、当然に知っていた周囲の者たちからも聞き取りをして、中身を照らし合わせれば、被害の状況は検証できると思います。
男、女で人を分け、その在るべき強弱で出来事を見るのは、弱者は淘汰されるべきと言う優生思想と共に男尊女卑、女尊男卑の差別思想です。また、論理の飛躍に気付けない自己責任論です。これは経済的弱者についても、LGBTQ の人々にも当てはめて論じられます。
弱者を切り捨て、強者による国作りを目指すつもりかと問いたくなります。
性根の底に染み付いた優生思想、差別感情を出してどうするのかと思います。
これはアナクロ保守と同じです。
皇室に側室復活を唱え、
おそらく今上天皇陛下に若い妾ふぜいを当てがって、男系男子を増やせと言っているに等しい下賤な参政党の神谷宗幣なる者と同格と言わざる負えません。
高貴な陛下におかれては、此奴の物言いを一撃のもと屠る事になります。カネで女を買わなければいられない者と一緒にするなんぞ言語道断です。
天皇皇后両陛下をはじめ、皇室は、
国民全てに分け隔てなく寄り添われ、特に、立場の弱い人に一層の御ん御心をおかけ賜ります。
この御ん御心に国民として倣い、
敬宮愛子内親王殿下に立太子、御即位を宣揚する者が、心根の底にこびりついた優生思想、差別心から脱却しきれていないのは、
愛子天皇論を語っても説得力を持ちません。
そう言う者が愛子天皇論を引っ提げて、蒙昧な人を説得するならば、黒づくめのお医者にコロナ論の信用を堕とされたと同じく、
愛子天皇論の信用を大きく傷付けるものになります。
弱いから、そうなるのか、強いから、そうならないのか、男だからしてはならないのか、女からするべきなのか、一概に決め付けた見方には敵意を禁じ得ません。
決め付けの好きな者は、一度、入院患者に弱いからそうなるんだと言って回って欲しいです。
(これは言葉に尽くせぬ屈辱でした。)
でも、言って回るのはリスクがあります。ただでは済まない。その弱い病人たちで歩けまわれる人たちに、自ら強者を名乗る者はフルボッコにされます。
本当に情けないのは誰か。