ゴー宣道場 仙台に参加
大阪より仙台へ。遥かなる仙台へ
令和版 現代の江戸の旅人①
先ずはモクレン殿について。
ウルルン滞在記フォーエバー保存会 (木曜日, 16 11月 2023 13:52)
仙台会場にて当然の事ながらモクレン殿を目撃し、いつものご挨拶、お約束として珍しい富山県の純米吟醸酒の土産物を手交した。
髪形が以前のショート髪形に復帰しており、誠に勝手な意見ながら安堵した。
だってね、あのパーマネント髪形が全く似合わないと痛感していて、内心、中村うさぎを連想してしまい、中村うさぎが提唱していたHKB48=閉経ビー48をもじって、MKP46=モクレンパーマ フォーティーシックス=モクレンパーマ46歳とか、脳内の中でギャグが浮かんで仕方なかったのでした。
あの髪形だと、
「博多に行ってタダの主婦になってもうたんか?ええっ!」
「パーマ掛けてから、服装が地味に成り果てて、年齢が10歳以上老けて見えるで!どないしたんや??」
「時には40代のオバハンとは思えない、会場で眼を楽しませたガーリーでアンニュイ、フェミニン、コケティッシュ、そしてゴスロリ風のファッションは何処へ消え去ったんや??オイオイ、どないしたんやモクレーーーン! カムバック!(と 大昔流行った、シェーン カムバック!宜しく、内心叫ぶウルルン)」
わたしはモクレン殿には老けたファッションをして欲しくない。
作家と言われるならば、小林先生のように度肝を抜く、マツケンサンバの松平健 着用の金ぴかの和服を連想するようなド派手なジャケットを着用されるから、若いな!といつも思うし、モクレン殿には従前のファッションに復帰して欲しかった。
もしも小林先生が地味な灰色のスラックスにセーターなんて着だしたら、わたくしは小林先生は老けすぎだな、もう引退されるの?と不審に思ったであろう。
いつか忘れたが、モクレン殿がゴスロリ風の服で会場に現れた際は、腰が抜けて砕けるような驚きの思いがして、イイね!と思ったし、年相応なファッションなんてぶち壊せと思っている。
わたくしもスーツを毎日着用して世界を飛び回っていた若い時はネクタイだけでもド派手で、当時交際していた女性が心配してネクタイを高島屋で買って来たほど。
勿論、普段のファッションはド派手な事が多く、今でも福岡県の名物でもある、おにぎり🐼パンダ柄やらのフリースをわざわざ、名刺代わりに購入して着用しており、隠れたウルルン滞在記フォーエバー保存会のファンを増やして握手を求められた事もある位だ。
念を押しておくが、あのド派手なフリースを着ている御蔭様にて、笹師範より毎年「可愛いの着ているね!」とお褒めの言葉を賜っているのである。
会場でも一番ド派手であった筈。
ゴー宣道場終演後はいつも通り仙台の丸善へ閉店まで専門書など本を物色したり、国分町を冷やかしたり、12時まで歩きまくって足が筋肉痛になる程に視察した。
ゴー宣道場で上京した際にも、必ずジュンク堂書店や丸善、紀伊国屋書店などで専門書や趣味、政治経済の本を買って大阪に帰る事をルーティンのようにしている。
今回も道場で一冊、丸善の仙台店で5冊も買って重かった。 悲しい事にジュンク堂書店グループ(大日本印刷傘下だが)丸善を残して3店がコロナ馬鹿騒動の影響もあったようで、一斉閉店しており、仙台市民の読書レベルは低下してしまったのか?と危惧した。
本を束でぶら下げて、仙台の街を巡回したものだから、国分町のキャッチャー(客引き)と話をしていて、余りにもわたくしがタメになる良い話を的確にしたものだから、「大学教授ですか?」と問われ、「いいえ、今は科学者です」と答えておいた。わたくしの実態はそうだからね。
その際も無論、仙台地下鉄でもJRでもド派手フリースである。またまた念押しするが、あれは福岡県で何十万枚も生産販売されている名物なのであり、それを55歳のわたくしが何の臆面も無く着用する事に、小林先生的ファッションの福岡県精神を体現しているのである。
博多っ子純情論で言わば、博多の新しい魂なのである。
福岡県の企業が製造している、既存のファッション概念をぶち壊す、あのムーブメントは博多弁でなんというのだろうか?
少々無理があるかも知れないが、「つやつけて」かも知れません。
わたくしの先祖は肥後国熊本の苗字帯刀御免の百姓である。 ライトな肥後もっこすの気風があり、他者と同じ事はしたくないという妙な性格である。 福岡県も母方の先祖が居た。
でもわたくしは酔狂でも何でもなく、戦略的に着用している。 それにいい歳をしてきて、最近は大腸の病気だの、鼻の重篤な病気だの、首の頚椎症で手術もしたりと、満身創痍の片足の半分は棺桶に差し入れている状況なので、グレーのスラックスやら、紺色のセーターやら、カーディガンを着用しだしたら、それは若年寄である。 爺さんと言われてしまう。 心だけは20代である。
モクレン殿は作家というならば、虚構の中を生きて欲しい。 昔、山村美紗というサスペンスの女王と言われた作家がどんな美人か楽しみに想像していたのだが、実物を見た瞬間、期待が音を立てて、土台石の崩れた建築物の如く、次から次へと崩壊した事があり、それを京都の別宅に居た直木賞作家である 水上勉先生に申し上げたら、
「作家いうもんは、本当の事を書かんでもええんや。文章を売って喰うとるんやからな。」だった。
イメージを壊しては作家ではないように思う。 愛子さま祭り開催前、ゴー宣ネット道場ブログなどでモクレン殿がいわれなき差別を受けているという記事を真面目に受け取ってしまい、真面目に対処法などを考えてブログを通じてモクレン殿にメッセージを送ってみたり、関係者に心配するメールを送ってしまったのだが、あれには参った。がっかりした。
モクレン殿は作家なのであるから、大嘘つきなのである。 あの学歴差別を受けて立腹しているというモクレン殿のコメントは、男野系子ショーを中野で行うべく、小林先生の指示でカレー氏と大阪で稽古していた事を暗に示した事であって、前振りだったのか!と中野会場で驚愕し、少々落胆した。
お芝居だったのである。 嗚呼!やられた! これからはモクレン殿は大嘘を生業とする元作家なのだから、彼女のいう事は額面通りには受け取らず、検証してから咀嚼せねば、こちらの身が持たぬ。一喜一憂して、何時間も貴重な時間を浪費する事になってしまう。
気を引き締めて行かねば、神経衰弱になる。
同じような事が、水上勉先生にもあったらしく、ある読者が著書「越前竹人形」を読んで、越前福井は武生にわざわざ竹人形は何処にあるのか散々探しまくった挙句、地元民に訊いたら「そんなもん最初から無い」という話であって、へなへなと腰が抜けたらしい。
わたくしも福井は個人的な用もあり、今回の仙台ツアーでも必ず通る場所だから知っていたが、全部、水上勉先生の創作、大噓八百のデタラメの作り話だったのである。 それが小説というものである。
作家は大噓八百のデタラメ話を作り、虚構と勘違いを全世界にばら撒き散らしてナンボの世界。
そしてモクレン殿は女なのだから、もっと身を飾らなければならない。
元 勢州安濃津住人 現 筑前福岡藩士族嫁 和泉守(藤堂和泉守をもじった)モクレン殿の服装は従前のままがイイね!と痛感する次第です。
最後に
大阪~仙台へ! 令和版、 現代の徒歩というべき国道ツアーによる仙台ゴー宣道場参加 紀行文は次回に投稿します。