こんばんは 後藤です。
直明さんの 「歴史に対して謙虚に」という感覚に触発されて、今一度 自分を顧みました。
宮台氏が言う「信頼の醸成」。
私は ひねくれた性格のためか
「信頼」とか「絆」とかきれいな言葉が ポーンと出てくると
なんかしっくりきません。
「信頼」とか「絆」って 得ようと思って得るものでなく
自分の「信念」の「結果」として ついてくるものではないのでないかな。
つまり 「目的」ではない。
「信頼」を「目的」としてしまうと
恩着せがましい、偽善的な いやーな「臭い」がぷんぷんしてくる。
「信頼の醸成」の前に「歴史に対して謙虚に」自省することが大切だと思いました。