生身の人間故すぐに他人を評価したがる。
生身の人間故すぐにモノを評価したがる。
生身の人間故すぐに思想を評価したがる。
迂闊で粗忽な私はネットという手段を手に入れた時、他人、モノ、思想について、無自覚に評価を下す書き込みをしていた。
上から目線という指摘があったおかげで、「暴走」にブレーキをかけることができた。
ある誰かをして、バカとかカスだとか、私だってつい無自覚に書き込みたくなる時はありますし、実際過去に書き込んだかもしれません。
だけど、ライジングのゴー宣や師範、スタッフ、門弟、そしてコメントの読者さんの言葉を見ているうちにじゃあ自分だったらどうするんだと問いかけられてる気になって、そんな思いが日増しに強まってきました。
皆さんは多分強い意志と決意を込めて書き込んでおられますが、私はそこまでいっていない、多分いないので、このコメントも駄文でしかないという気がします。
私は国際情勢を全く熟知しているわけではないので、世界で何が起きているかはマスコミが報道したことをよしりん先生が翻訳したことの言葉以上のことを知りません。
宮台さんの言葉を聞いて自分はこう感じると「評価を下す」のは簡単ですが、じゃあもし自分があそこの道場で宮台さんのいた場所に座って、何か話してみろと言われたら、私は何を話していたんだろう。「当事者意識」という言葉が頭の中によぎってしまう。
暴走する感情についブレーキをかけてしまう。
この気持ちはなんなんでしょうか。
とりとめのない話しをしてすみません。