まあ、実際はベトナム戦争では嘉手納基地からB52が飛んでおり、日本も間接参加はしているんですよね。沖縄は当時は占領下であった為にアメリカの要求を飲むしかないわけです。
中曽根内閣の時に、イランイラク戦争での後始末の掃海をアメリカから要求されますが、後藤田官房長官が拒否したことで、ペルシャ湾には派遣しませんでした。
海部内閣の時代に湾岸戦争が起き、アメリカの要求で国連平和協力法案を可決しようとしましたが、政府内部でも反対があり廃案になりました。
そして、政府は多国籍軍に対して130億ドルの多額の金銭支援を行いましたが、クウェートの感謝広告には日本はのらないという屈辱を受けました。
実際はクウェートに対してアメリカから圧力があったみたいですが、これが親米保守、政府に対してのトラウマ、湾岸シンドロームになりました。
「国際紛争地に自衛隊を派遣しないと、日米同盟にヒビが入る」とビビッてしまったワケですね。
まあ、結果的にはこれが自衛隊をペルシャ湾に掃海する転機になました。
岡崎久彦、石原慎太郎を始め親米保守は911のテロ以降は特に「日米同盟が機能するためには集団的自衛権、集団的自衛権!」と馬鹿のひとつ覚えを唱えるようになりました。前から唱えていたかもしれませんが。
石原慎太郎は安倍晋三の尊敬する政治家であり、岡崎久彦は安倍内閣では顧問を勤めていました。
安倍晋三は両者を始め、親米グループに担がれる形で集団的自衛権の行使は日本が自立する為に必要だ!と第一次安倍内閣の時点で唱えるようになりました。
と歴史を振り返ると転機は湾岸戦争だったと思います。今日の中日新聞に当時の事情が詳しく書いてありました。