二つとも丸かぶりながら、明快に常識的でした。政治家とか知識人は、頭がよくて、当たり前の知識を越えた超絶知能を働かせていると、小さい頃は思っていました。しかし、よしりん作品を読んだら、そうでも無いと判明しました。
おかしな考えの人は、その人自身をカルトなどと揶揄するより、現実的におかしい、常識の無いと言った方が正確ですね。
同じ人間をカルト人と健常人に分ける方が、おかしいです。
カルト人も健常者も同じ人間です。オウムを論じる知識人にも、おかしな事を言うのがいるのは、同じように常識が無いと簡単に言えば済む話です。
LGBTについて、生産性で論じる媚びへつらい政治屋も、単に常識の無いだけでした。
LGBTは、人が定規で引いたように四角四面に整備されて生まれないのと同じです。人間が人形のような生産品だったら気持ち悪いです。
人は、それぞれの体に特徴があって、頭の中も人それぞれなのと同じです。「過ギタ」が女に生まれついちゃって、重モビルスーツ「とむ」が男に生まれついちゃったのと同じです。過ギタが男に生まれたくても、とむ が女に生まれたくても叶わないのに等しいと、何故、分からないか不思議です。
まい、色んな人間関係のありますね。これにLGBTも絡み合うと複雑極まります。アルムおんじの家畜でいたい己には無理です。
やギ 、畜生だけど常識は人並みに気を付けよう。手遅れか。