週刊SPA!ゴーマニズム宣言、23年ぶりの連載再開は、ライジング版「今年の出来事」にて、投票を失念してしまいましたが大きな出来事だったです。世にとって必要な時期でした。大東亜論と入れ替わるような感じでしたが、枯渇していた世に必然性の有ったと思います。大東亜論は、これまた必然に何らかの形で完成されると思います。
商業アンチって恥ですね。デマ屋ツネひら、野良クラ博士って、お下劣ぅ。
出る杭は打たれると申しますが、出る杭どころか、左右ヨタろーを破壊する杭である先生を出る杭と間違えて、横金槌を入れたいなんて、余程、先生が脅威なのでしょうね。しかし、猫に鈴を付けるネズ公が、デマツネと野良クラしかいないのは残念〜。
モウ論理では勝てないからレッテル貼りの表示偽装で対抗せざる負えないのも哀れです。
複合的なメカニズムとか誤用しているのは、如何にも社会学者によく見られる面白くも何とも無い現状説明以上に滑稽でした。
この訳の分からない事を口走っている野良クラ博士の頭蓋の中身が知りたいです。さぞや、こんぐらがった複合的なメカニズムと思います。こうなるとハカイダーみたいに頭の上半分が金魚鉢で、中身を観察出来たらなぁと思いますが、回路の繋がりまでは分からないでしょうね。どんな電気信号が流れているのでしょうか。
科学的実証観察よりも、野良クラ、はしっこの博士には、やはり、客観的論証で答えてもらうしかないです。しかし、論証以前の大前提が無いにも関わらず得意になって、その合理性を説明しているのを見れば、膝談判して最初から教えてやらねばならず、しかも、これが理解出来たらよいものの、受け付けないとなれば、縁切りした方が時間の無駄を省け有益です。資料に目の行かない社会学は潰れています。
余りにも哀れです。出来れば一介の畜生でも気付いてくれるなら、口のひとつでも出してやりたくなります。己が愚かなので、愚かな者んが愚かと分かると、愚かな己以上に恥ずかしくなります。小っ恥ずかしい〜。
野良クラ博士の「読者参加型」への認識もおかしいですね。
現在のゴーマニズム宣言の「読者参加型」は、昔と違ってネットで発展しています。先生ひとりの意見ばかりでなく、トッキーブログ有り、師範の方々のブログ有り、その師範方も同調ばかりで無く、議論されるし、開催道場や、ライジングコメント、門下生活動で多角的になっています。先生の引っ張るゴー宣が立体的となって、よしりん先生一人で無く、多くの人の意見を吸収する感じのします。決定版のようになっている所がよいです。己は流されるばかりで無く、もっと積極的に考えないといけないと思っています。
「(差別を煽る)媒体は買わない」と言うのは変です。社会学を意識するなら、むしろ読んで反論して議論をしようとしないとならないはずです。言論の幅は必要だと、今回は駄めぇ押しで教えられました。
野良クラさんのような愚かが、己でも分かるように書かれて有るので、今回は長く書けました。デマツネと野良クラ、左右ヨタろーこそ、レッテル貼りの表示偽装ばかりです。
わたくしの人たち
ネットの初期は知らないですけれど、ネットを通じて、こう言う人たちがいたと言うのが分かりました。きもぉ〜
つる姫じゃ〜は懐かしいです。