南青山D.J の削除コメント

話題が変わり、今回の感想の話になるので、再度コメントさせていただきます。
前回や今週のSPA「キャンセルカルチャー」の話ともリンクしますが、
今の世の中、「自分は被害者だ!」と先に行った方が勝つような感じになっていますね。
そして「自称被害者」となったからには
「何をしても、何を言っても正しい」といった空気が蔓延してしまっている。
皮肉にも日本ではやってしまったのって、
常識化されたいじめ問題への怒りと組み合わさったのも大きいのかなと思ってしまいます。
何しろ
「加害者は100%悪=従って被害者は100%善」
「被害を受けたと感じたら被害者」
「傍観者もまた加害者である」
なのですから、
「自称被害者の味方しないものは全て加害者、傍観者もまた加害者」
という方程式が成立してしまったからこそ
このようなバッシングにまで至るのかと思います。
そして、いじめの問題にもかいた
「被害を受けたと感じたらいじめ」
何を言おうと、自分が傷ついたと感じたら、相手がすべて悪い。
それが思い込みであったとしても。
さらには復讐心はそのままでは収まりません。
「目には目を、歯には歯を」
それは「自分が受けたダメージをそのまま相手に返す」ということ。
ですがそのまま返すことではないのです。
相手が10の力で、自分が1の力である場合、
1の力でやり返しても、10の力でやり返しても「同等ではありません」
自分にとっての相手が10、すなわち
「10の相手には100の力でやり返さなければ」
対等にはならないからです。
要するに、1の力しかないものが100の力を持たなければ対等が成立しない。
これこそが被害者の復讐を陰湿化させてる理由でもあるのです。
倍返しでなく、乗数返しなのです。

これは勝手な憶測ですが、
大衆にとってある意味ターニングポイントになってしまったのは、
特に今回の総バッシングの前の年末
週刊文春が取り上げて特集し、あちこちの社内広告にあった
『衝撃証言「私は小室圭さんのイジメで高校を退学し、引きこもりになりました」』
これで一気に拡大したのではないのかと。
すなわち裏もとらない、記事をうのみにした人たちが
「イジメ加害者である小室氏を叩くことは絶対正義」としてしまったような気がします。
もう何を言おうと大衆は聞かなくなってしまったのです。
「お前はいじめ加害者の味方をするのか!ならお前もいじめ加害者に味方する犯罪者だ!」と。
いうなれば私がここでだれかさんから受けたバッシングと同じですね。精神病扱いされましたし。
(特に今は被害者が被害と感じたら成立なのでかなり質の悪いものに。だからあだ名も禁止とか徹底規制主義に。なにしろいじめ加害者が「すべていなくなれば」いじめというものはなくなるのですから)

大衆は「正義」とされたものに味方して、
「悪」とされたものを叩くのが大好きなんです。
そして「悪」とされたものは
何を言っても、何をやっても「悪」とされるのです。
だから本人たちはそれを「悪」だとは全く思ってないのでしょう。
魔女狩りしかり。過去の虐殺しかり。
だから愚民大衆なのですが。

それともう一つは
上のコメントでも書いたように
「橋下徹氏が権威となっている」ことです。
小室氏の文書の事に関して、やたらと彼の発言が取り上げられました。
「担当弁護士のアドバイスが悪いか、
小室さんの屁理屈」
なにしろ橋下氏は政治家だけでなく「権威ある弁護士」。
だから、大衆はこの発言を前提として小室さんを叩きます。
中身なんかぜんぜん読んでません。
いや、読んでも「屁理屈」として解釈するでしょう。
だからああいう叩き方ができるのです。
よしりん先生がよく言う、「権威主義」のおそろしさですよね。

そして「皇室について何もしらない日本人」が増えてしまったのではないかと。
(ここにいられる方々はよしりん先生の「天皇論」やライジングを読んでるから大丈夫と思われますが)
ある程度の日本史知識がないと説明とか難しいと思います。
ところが、受験科目(とくに私学)は日本史が「選択」となり
ついには学習要領でも「選択」になるそうです。
そして、受験ではあることが常識となりました。
「受験の成否は出題される部分だけを憶え、
いかに“暗記の貯金”を増やすかにつきるのである」
(和田秀樹「受験は要領」より)
これが「受験に関係ない勉強は必要ない」という形で発展していき
さらには学校自体が学習要領すっとばして
合格実績をあげるために全国規模でそれをやります。

むろん、そんな大人が「受験に関係ない知識」なんて知るわけないじゃないですか。
そういう人たちにとって「皇室」てなんなんでしょう。
で、そんな人が大人になって増えてきたから
こんな状況になってしまったんじゃないんでしょうか。
皇室を叩くのもタレントを叩くのも一緒なのではないかと。(そこまでひどくないか)

以上、淑女我報聞きながらいろいろと考えてみた次第であります。

日時
2021-04-24 00:39
投稿者
南青山D.J
記事
「小室圭バッシングは愚民大衆の差別である」小林よしのりライジング Vol.395
No.
139