こいら の削除コメント

配信お疲れさまです。
私は大学時代に武道系の体育会系の部活に入っていたことがあるのですが、とにかく先輩が白と言ったら白、黒と言ったら黒という世界でした。で、この悪しき慣習が今の企業社会にもあるし、居酒屋甲子園の例なんかもそうですがそういう「若者の主体性を削ぐ何か」がポエム化社会を支えている気がしてならないのです。
美しい字面の裏には、何か底意地の悪さが隠れているような「悪意」みたいなものをポエム化社会が含んでいて、それは「清く正しく美しく生きれば幸せになるんだよ」というプラトニズムみたいな印象があります。中谷彰宏や浅見帆帆子、それから佳川奈実や本田健などと言った自己啓発本の作者などが「気づき」や「学び」や「本当の自分探し」みたいな底意地の悪さを一見美しい言葉で塗りつぶしていて、等身大の自己と向き合ってない違和感にも相通じるような気がするのです。
そしてそういう「底意地の悪い美しさ」が昨今の断捨離ブームや風水ブーム、占いブームやパワースポットブームに繋がっているし、あるいは在特会などの排外主義に見られる「自分たちは美しくない」のに「美しい日本というナショナリズムの鼓舞」という倒錯した価値観の下支えみたいな現象と不可欠ではないと思います。
もっと私は、等身大の自分と向き合って、ポエムでない等身大の言葉で真の美意識と対峙していこうと思います。それが結果的に誰かを鼓舞することになれるのならば、生きる価値はあるとは思いますが。

日時
2013-12
投稿者
こいら
記事
「『ポエム化社会』にある深刻な問題とは?」小林よしのりライジング Vol.70
No.
9