丑三 やギ の削除コメント


>>89
青ネギさん
事実上の誹謗中傷か、そうでなくて無罪か違いは有るけど、くらたま擁護で無いのは理解出来ます。

プリズム、そうよ、プリズムよ。
ニュートンは光学にもしゅのかった。
純粋綺麗で無垢なプリズムほど、光を純粋綺麗で無垢に屈折させて光を分解しゅる。やギ は、その屈折に不純に介入し過ぎる きやいの有ります。

この頃はねぇ、教師による教師の虐めが有ったりしたけど、最近は、虐め加害者の生徒と一緒になって教師が生徒を虐め加担している例が目立ってるのよ。これは、虐め事案に対応したかどうかとは別の次元なんだよ。だけど、上手く言い逃れして責任は取らない。そこが、くらたまは一緒の感じで気に喰わん。無垢に罪を知らず舌ぁ!回しちょる。

純粋に、そのものを取り上げた場合、事実は無垢で、そうなんだは分かります。しかし、結果責任を見ると違う面が見えて来ます。事実そのものが、悪意は込められていなかったにせよ、責任と言うのは結果に関わるものです。

やギ が、中途半端に終わらせた日大アメフト不正タックルもそう。オウムとは比べ物にならないと擁護されたけど、情状酌量の余地は違っても、責任は結果で負わされるものなんだ。その結果は重大で有れば有るほど、詩刑にもなります。オウム麻原を純粋に信じてしまった起点から出発してしまった幹部信徒でも、結果は詩刑。

夫婦喧嘩で、車で出て行こうとした一方を止めようと、外に出た幼児が、親の車に惹かれて詩んだ。殺すつもりは無かったのに、つまらぬ夫婦喧嘩が呼んだ惨事。

詩にたいと言った子どもを置いて買い物に出かけたけど、その 20分の間に、子どもは自死を遂げていた。まさかと思っていた。

親友が、虐めを庇って虐められて理不尽の限りを尽くされていた。苦悩がにじみ出ていた。そんな親友に詩ヌナと言い残して別れたけど、直後に自詩をしていた。

全く報いと言うものは割り合わないもので、悪気の無い油断が罪となって一生涯にのしかかり苦悩します。これは並大抵の苦しみでは無いよ。

くらたまポンポコリンの舌ぁ!見ると、その舌の色は東洋、西洋医学的に健康なものだったかも知れません。それは無垢な舌ぁ!に罪は無いと言えます。しかし、その舌ぁ!回した結果は、どんな影響を及ぼしたかを見るのも重要です。ここの所は、プリズムの屈折だけを見ていては判断の誤る所です。プリズムの用だけ見ていれば済むものでも有りません。

人間の行いは、プリズムにうっとりしているだけじゃ駄めぇなんだ。どんな因果を及ぼすか考えないといけません。マッチのような『無垢で小さな聖火』でも、大火事にまで広のります。やがて、それは一軒だけでなく、町を燃やし尽くし、大勢の命を奪うものになります。「僅かな聖火」でさえ甘く見ては大後悔が待っている場合も少なく無いです。やギ 、それをポンポコリンと言っているの。

一方、プリズムの純粋さで物事を見るのは最重要です。政治屋、医師会、分科会、自称専門家どもは、どう言う訳かプリズムが濁りしゅぎています。

よしりん先生も青ネギさんも、プリズムは綺麗で透き通っています。物事を見るのに、知識、因習、権威で見るより、人間そのものになって純粋無垢で見る時、人間が人間の為に人間が作った現象、人間そのものを取り巻く自然を見破るのは、より純粋無垢に行われます。要するに、真実を見抜くのに何も要りません。

後は、見抜いた事実を確かめる為の情報収集と思考を情報の事実に従って行くだけです。

こう言う教養態度を教育出来れば、国の大劣化現象は防がれると思います。しかし、よしりん先生、青ネギさんに自然に備わっている、この心を どうやって打ち出すか、ゴー宣シリーズを受け入れらている以外の人に施すのは簡単なようで難しいです。高学歴で司法試験合格の上、ファクトチェックの楊井氏やなぁの例も有ります。

要は、見栄、権威、誇りを打ち捨てて、泥にまみれればよいのだけれど、互いの認識の差を埋める努力を放棄している人が余りにも多いのが大問題です。そして、己で無く、他を追求しているのが多いのも大問題です。それが人間社会の大問題になっています。やギ もね。

だから、みんなで ごっちゃに丑鍋食おうぜ。

日時
2021-11-13 23:56
投稿者
丑三 やギ
記事
「自称保守派こそ、皇室を破壊する【勢力】である」小林よしのりライジング Vol.415
No.
93