丑三 やギ の削除コメント


>>112

こんばんわ。

青ネギさん、それは自意識過剰です。
こん畜生の やギ までも、このコメント欄で
「 やギ さま」と書かれています。
葉書でも、宛先に「様」付けするのは普通でしょう。
「小室さま夫妻」で何ら問題無しです。
これに拘泥るのは眞子さまが臣籍降下したんだと(差別ではないけれども)青ネギさんが『峻別』したくて『峻別』したくて仕方が無いからです。

それだけですよ。

敬称に「さま」を付けるのは、そんなに『峻別』は守るべきと執着しなければいけない事ですかね。そうだとすると儀礼的でも「さま」付けは、皇族方限定にしなければならないと主張されなければおかしいですよ。皇族方以外に「さま」付けするのは、けしからんにしたいですか。

敬称は自由にさせてください。

だけど、本当の所を言うと、臣籍降下しても、眞子さまは皇族だったから、その連れ合いになった方まで
「さま」を付けて御呼びしたいのです。
本来なら女性宮家になられた方です。
それに、あれだけのバッシングに耐えられた人です。
「さま」付けして御呼びしたいです。

青ネギさん、大当たりぃ〜

しかし、やギ の個畜的な心得として、臣籍降下しても、それは法的な意味で十分です。今上天皇陛下、皇后陛下、太上天皇陛下、太上皇后陛下は、法的な位置付けだからだけで、青ネギさんは「さま」なのですか。
もし、そうだったら受けるぅ〜。翔んだ尊皇心だ。
(そうでないのは知っています。)

そうすると司法が、旧宮家は統治行為論とかで、門地の差別に当たらない、皇族に入れるべし、そうでないと日本国の法体系が根底から崩れてしまうとして、次の日から旧皇族方に「さま」付けするのですか?

反対に、これは やギ には出来ません。旧宮家は別です。本家筋から600年は離れ、75年も前に臣籍降下されたのですから、民間の感覚で言えば、皇族とは、もうすっかり他所の人たちです。しかし、眞子さまは特別な位置付けに、まださせて頂きたいです。
妹の佳子さまが皇室におられます。

法的な位置付けが変わっただけで「さま」付けしないでよいは、己には出来ないです。維新が過ぎても、家臣は主君への礼儀を持っていたと思います。元主君に、平等だと馴れ馴れしく肩に手を回して歩こうとなんかしなかったはずです。身分制の強い時代でしたから、そうだったと言われる人もいるかと思います。

でも、やギ は違う。「さま」付けせんといられません。尊皇心があれば御理解頂けると思います。そうはっきり、心の峻別は出来ないのです。ある一線を境に貴人から一般人に扱うのは、それこそ人を便利な道具として、駒として扱うようで嫌なのです。皇族を国畜の更に日本の象徴と言う奴隷として判別し使っているのかと問いたい。旧皇族を男系の血だけで尊ぼうとする者らみたいで気持ちが悪い。非人道的な感のする。

しかし現実は憲法の奴隷なのでしょうね。だからと言って、この犠牲を奴隷としたくない。臣が君を仰ぐようでいなければ、皇室は真の奴隷となってしまいます。そうしたくはありません。

これは『未練』とは違います。『未練』は、皇族から離れられた時点で消滅しています。『未練』から「さま」付けしている訳では無いです。ただ、「さま」付け以上の対応は、実際に会って見なければ分からないです。それでも権威主義での対応なんては以っての外と心得ています。そこまではしません。

「さま」に拘泥るのでしたら、学校の先輩、後輩で敬語を話すのはやめた方が良いと思っています。たったガキの分際で、1、2年くらいの差で偉そうにしたり、偉そうにさせる必要はありません。社会に出れば、こんなの、あっという間に置き換わります。

まい「さま」付けは内心の自由という事にしてください。己の心を人様に押し付けるつもりはないですよ。
どうぞ「さま」でも「さん」でもキュンでも、ちゃんでも、呼び捨てでも御自由にしてください。もう一般人なのですから。それなのに、週刊誌が御二人を追いかける理由は何なのでしょうか。

御心配頂き、誠に有り難うございました。

日時
2022-06-18 02:08
投稿者
丑三 やギ
記事
「権威主義とは何なのか?」小林よしのりライジング Vol.437
No.
113