<東洋のある島国の王様の決め方についての短いお話>
AとBと、二人の人物(男でも女でもよい)がいるとします。
① Aさんは、自分の「父の父の父の父の父の父」が、開祖にあたる。
⓶ Bさんは、自分の「母の母の母の母の母の母」が、開祖にあたる。
③ Cさんは、自分の「父の父の母の父の父の父」が、開祖にあたる。
ここでいう「開祖」とは、一族や一家の始まりとなる伝説的な人物、くらいの意味です。さて、人類学には「男系」「女系」「双系」という概念があります。そして上の三つにはそれぞれ、以下のように対応します。
①については、「Aさんは開祖の『男系』の子孫」
⓶については、「Bさんは開祖の『女系』の子孫」
ということになります。①ではAさんから開祖までが、すべて「父子関係」でつながっています。これを「男系」の血統といいます。⓶ではBさんから開祖までが、すべて「母子関係」でつながっています。これを「女系」の血統といいます。
それでは、③は何と言うでしょうか? これは、
③については、学問的(客観的・価値中立的)には「Cさんは開祖の『双系』の子孫」となります。一般に人類学では、「男系」とも「女系」とも言えないような様々なケースの血統のことは、一括して「双系」と呼ぶことになっています。すると③は「父子関係」と「母子関係」の組み合わせで開祖につながりますので「双系」となるわけです。(おなじ理屈で「父の母の父の母の父の母」でつながるようなケースも「双系」です。)
さて、そうなのですが、ある東洋の島国では、一般的に(少なくともその国の政府の見解では)、自分たちの国の王様の血筋を説明するのに、「男系」「女系」という言葉を、上の人類学の使い方とは違う意味で使っているようです。
①については、「Aさんは開祖の『男系』の子孫」
⓶については、「Bさんは開祖の『女系』の子孫」
ここまでは同じなのですが、
③については、「Cさんは開祖の『女系』の子孫」
となります。あれ、何か違和感を感じませんか? ③は「父子関係」と「母子関係」の組み合わせの血統です。そのほとんどは「父子関係」で、「母子関係」はひとつだけ。それなのに「女系」なの?
勘の鋭い人は、アメリカのある古い考え方を連想するかもしれません。はい、そうです、それは「黒人」の定義です。言うまでもなくアメリカでは黒人は酷い人種差別を受けてきました。そして古い考え方では「黒人とは何か」というとき、「自分の祖先にひとりでも黒人が入っていたら、その人は黒人」という乱暴な定義がなされていました。(客観的・価値中立的に言えば、一滴でも黒人の血の入っている人は、いくら見た目が「いわゆる白人」っぽくても、「白人」でも「黒人」でもなく「混血」というカテゴリーに入るはずです。)
おそらくは、この東洋の島国における「女系」の定義も、同じような差別意識からきているのでしょう。白人の血統が「純粋」とされたように、父子関係だけで繋がった血統が「純粋」。③は、ひとつだけであろうと「母子関係」が入っているので「不純」。不純なものはすべて「女系」。
🐇🐇🐇…
最後に、日本という国の政府の皇族に関する「男系」と「女系」の規定を紹介します。
【皇室典範】
「皇位継承資格を『皇統に属する男系の男子』に限定する。(皇室典範第1条)」
*男系・女系について
「ここでは、男性のみで天皇と血統がつながる子孫を男系子孫という。」
「ここでは、これ以外で天皇と血統がつながる子孫を女系子孫という。」
(令和3年有識者会議「皇室に関する法制度」より)
…本当なら、客観的・価値中立的な観点からは、この最後のところは次のようにならなければならないはずなのにね。
*男系・女系について
「ここでは、男性のみで天皇と血統がつながる子孫を男系子孫という。」
「ここでは、女性のみで天皇と血統がつながる子孫を女系子孫という。」
「ここでは、それ以外で天皇と血統がつながる子孫を双系子孫という。」
おしまい。