すみません。「よしりん御伽草子」とはあまり直接の関係がないのですが、ちょっとこんな話を思い出しました…。
とあるミステリ作家の作品なのですが…。
第二次大戦中、二人の兵士だけが生還したのですが、「仲間を『犠牲』にして生き延びたんだろう!」という疑いを周囲からかけられ(『』にした意味、分かりますよね。自分も自主規制をしていますね?)…
そのうちの一人と交際していた現地の女性が、彼の子供を産み、昂奮していた彼の気持ちが少し落ち着いてはきたのですが…。
生まれてくる子供の将来を心配し(「鬼の子供」とか差別されてはいけない、と思い込んで)、猿の死体を手にいれて、鍋で煮て、発狂したふうをよそおい、そして、そのことで人でなしと現地の人に殺されるんですが…。
良くないのは、彼は奥さん、つまり子供の母親に真相を語らず、そのため、母親は狂乱し、「河へ向かい、そして帰らなかった」とあり、
結末においても、その女性の友人の女が、二人の子供を育てているとあって(彼女は真相を聞かされていたが、たまたま事件が起こった際には不在だった)
ただ一人生き残った主人公である、彼の上司は、その兵士の心意気を弔うため、基地では残虐なことは起きていない、と改めて語ろう、と誓うところで話は終わるのですが…。
なぜ、主人公の口から、その奥さん、子供の母親のに対する償い、いたわりの言葉がないんだ!彼女は真相を知らずに犠牲にされたんじゃないか!と戦後生まれの私は思いました(ということになりますよね?)
それとも、この作家が描いている時代には、そんな現代風な感情はあまり意識されておらず、とりわけ日本軍占領地では男尊女卑だったのでしょうか?もうその作家は故人なので、問いかけることはできませんが…。
以上、よしりん御伽草子とはあまり関係がなかったでしょうか?私は、あの話は、原話のままで良い、昔話とは残酷なものだ、という考えではあるのですが、何だか「戦争論」とごっちゃになって、こんなことを思い浮かべてしまいました。
私も「時代の思想」に支配されているのでしょうか?
以上、無意味な話でした。
それはそうと、倉山なんとかの「皇室論」、どこの書店に行っても見かけないのですが(岡山でも捜したが…見つからなかった)、歴史関連のコーナーには置いてないのでしょうか?新書かな、とも思ったのですが…。新刊コーナーにも。
実はそれほど売れてないのでは?
オドレら正気かのことについては、また改めて。まだ疲れているのかな?情けない、です。