ゴー宣関西道場の熱い話題もちきりですが、
たまに、関係の無い噺を一席。
TPP交渉で日本の農業はどうなるのでしょうか?
どうもキナ臭くてなりません。
私の故郷岩手では、高度経済成長のあおりをうけ
昭和40年代~60年代は結構潤っていました。
潤っていた原因は、高度経済成長の影響のみでなく、
サラリーマンが、兼業農家を営み
サラリーマン収入プラス稲作収入で食べていけたからです。
岩手は、稲作には適さない、寒冷地でしたが、戦後農林1号と言う
寒冷地にも穂を実らせる、稲の品種が改良され
普及しました。そのお蔭で、寒冷地にも関わらず
米どころとして、やってこれた歴史があります。
稲作は、野菜などの畑作と違い、格段に手間がかかりません。
水温や水量を見に行き、除草する程度で収穫できます。
毎日収穫があり、天候に左右され病害虫に気を使う畑作と違い、
サラリーマンでも農業収入を得られる素晴らしい作物でした。
野菜なら連作障害もありますが、米は毎年同じ場所に連作しても
なんの障害もおこりません。
稲作収入とサラリーで、昭和40年代から60年代は
地方の人間は、食べるに余りあるくらい余裕がありました。
その裕福な余剰資産は、地域の商店街や飲食店をも
潤しました。地域経済の発展と農業の発展はイコールと
なっていた状況があります。
その当時、「出稼ぎ」という風習もあり、冬場は専業農家は
都市部に出稼ぎに行きましたが、兼業農家は
サラリーが入るので、定住して収入を得られたのです。
ところが、農政がおかしなことになります。
開田をすすめておきながら、減反政策をやるなど
わけのわからない政策をはじめます。
しまいには自主流通米といった、農業の自由化が
叫ばれ、自由競争にさらされました。
この農業の自由化ですが、農業の大規模化でコストダウンで
国際競争力が身に付くということで、
推奨されましたが、これが裏目に出ます。
中小農家や兼業農家が没落を始めたわけです。
地域経済は商店街は閑古鳥が鳴き、飲食店も軒並み潰れました。
我が家も親父が兼業農家でしたが、
毎年数十万円の赤字が出るようになりました。
ついには、大規模農家に先祖伝来の田圃を貸しています。
確かに農家は農協に頼り切り、
農産物を作るだけに特化して、販売や流通は
農協に丸投げでしたが、
自主流通米の時代になると、
売る業者を自分で見つけるか、
自分で売るしか。ならない時代が来ます。
販売ルートなど持たない中小の兼業農家はついに
農地を放棄し始めます。
農家も先祖伝来の田圃を貸して、わずかの貸し賃で溜飲をさげています。
でも農業の自由化で得をするのは、
なんか新自由主義経済の宗主国アメリカ様の
御意向のような気がしてなりません。
先祖伝来の田圃を貸してるくらいですから、
当然地域共同体は弱体化しています。
平成に入ると、地方は消滅自治体などという言葉が出るほど
少子高齢化します。地元商店街はシャッター通りとなり
地方と都市の格差はどんどん広がっていきます。
小林先生が反TPP論を上梓されておりますが、内容にまったく同感です。
TPPをただただ、従米のためヨイショしている保守論壇にはまさに喝を
入れたいです。